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最後の会話。

”ねぇ、なんでそんな目で見てるの?”

あたしから別れの言葉を発するべきなのか。とにかくその間合いはどちらかが切り離さなければいけない。
車の中にある荷物を持ち上げる事が出来ないまま、あたしは”くまさん。”の顔を見て目をはそらしてしまった。すると予想外にも彼が口を開いた。

「これだよ。今回使った作品に使ったやつ。」
後部座席のドアから、丸い業務用のような大きめなビニール筒を触りながら言った。

「えっ!?あぁ、そうなんだ!」

あたしは荷物を持たずに、彼の側へ回ってそれを触った。
彼との距離がまた近くなった。
何で今更そんなことを言ってるのか不思議だったけれど、一分一秒でも一緒にいられる時間が増えて嬉しかった。やっぱり大好きだから。

それでも、そんな会話はすぐに終わる。もう帰らなきゃいけない。
もし何も感じていなければあたしの性格上、その時彼に話したかもしれない。
”部屋に行っちゃダメ?”

でも、その言葉を言う必要も無かった。もし行ったら誰かいるのかもしれない。
食器や小物が女の子ものがあったり、写真があったりするんじゃないか。
そう思うと、部屋に行こうなどと一瞬でも考えた自分が情けなくなった。
もし何かなくても、彼がこの状況の中で自分の部屋に誘うことなどありえない。
その道はどっちみち無いものなんだろう。

それでも往生際の悪いあたしは最後にあがいた。
「いつでもいいからさ、引っ越す前にご飯食べに行かない?」

聞こえているのに聞かないふりをしている彼。
あたしはもう一度、さっきより大きな言った。

「ねぇ、聞いてるの?引っ越す前にご飯行こうよ?ダメ?」

彼はこっちを見た。その顔を見たらもうどうにもならない気持ちになった。
確か前にこの目、この顔を見たことがある。
ふっ、っと下を向いて苦笑するしかなった。これはどんな時にした顔か・・・頭の中の記憶を探った。

無理やり無表情を作っている。自分の心が読まれないように。
とにかく彼は分かりやすい人間だからある意味良かった。


彼は返事をしないままずっとこっちを見ていた。長い沈黙の後、彼が顔を緩めて言った。

「引っ越すのだっていつだかわからないし。まだ全然決めてないんだ」

「ふーん、いいよ。いつになっても良いから引っ越す前にご飯行こうよ。来年でも何でもいいよ」

彼はもう何も言えなかったんだろう。
これ以上自分も、目の前にいる何も知らないあたしも、お互いに辛くなる会話はしない方がいいと。嘘はついていない。嘘はついてないから。


結局彼はその返事をしなかった。
運転席に乗って、こっちを見ている。
あたしもこれ以上は言わなかった。ただ、右手を彼に差し出した。
その瞬間に彼が少し笑って、同じように右手を差し出してくれた。それまでの空気が変わった。


あたし達は握手をして笑顔で別れた。
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記憶。

そういえば別れを告げた場所もここだった。
あの日以来、ここへ近づいたり、名前を聞いたり見たりするのも思い出して辛かったので自然と避けていたんだった。

長い長い旅が終わった。
さっきまで2人だけの密室に比べ、外には沢山の人がいてとても現実的だった。
車を降りて駅へ入ればまた今まで過ごしていた日々に戻って、今までの時間は夢のようだったと感じるのだろう。

時が経てば人はいろんな事を忘れる。
辛い事も、苦しい事も、他愛のない話、出来事、etc...
人間の脳みそは、楽しい事や嬉しい事を70%くらい占めて記憶出来るようになっていると聞いた事がある。
記憶できる容量があるから、新しい情報が入れば自然と何かを忘れていくようになっているんだろう。そうでないと人生の中では苦しい事の方が多いだろうし、それがあるからこそ喜びや感動も倍になるんだろう。


「ずっと長い間、運転お疲れさま!ここまで一緒に乗せてもらっちゃってありがとう。」

あんまり長くいると帰れなくなってしまうから、寂しさや苦しさがこれ以上湧き出てくる前にここから去らなきゃ。
やたらせわしく荷物の整理をしていると、ふとサンダルを入れ忘れている事に気づいた。
一瞬悩んだ。

”このサンダルをわざと忘れればまた会えるのかもしれない・・・。もし会えなかったら捨ててくれと言えば良いし。”
そんな事を考えていたけれど、結局は鞄の中に詰め込んだ。
何もならないのは自分が一番よくわかっている。
荷物の整理をし終わり反対側のドアから見ている彼の顔を見た瞬間、急に心が締め付けられそうな気持ちになった。

苦しかった。

テーマ : なんとなく書きたいこと。。 - ジャンル : 日記

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